チャンバラ剣道ブログ

なまくら刀で一刀両断。斬られるのは世の中かこの俺か。

アルマゲドンの男達のように強くなりたい

体を張った現場仕事の業界で生きる連中は強い。
学生の頃、舞台の照明会社でバイトをしていたが、これまた気性の激しい連中ばかりで、のんびり歩いていたら、どこからともなく「走れボケ!」の怒号が飛んできたものだ。

でもそのおかげで、さっと誰かのフォローに回るとか、危険予知と予めの対策に気が回るなど、常に周りを見られるようになった。

体を使う仕事は多くの場合、現場での連携が大事だ。パソコンに向かってパチパチやって、最終的に辻褄が合えばいい、というものではないからだ。リアルタイムでことが進んでいくのだ。

映画「アルマゲドン」を見た。冒頭の掘削屋の男達。命が危ういシーンでの連携プレー。当然一朝一夕にはできないが、オフィス通いの会社員には到底できそうにない。当たり前だ。でも彼らの大胆な判断と、細かいことにとらわれない生き様、そして仲間を大事にする姿勢は真似したい。そして彼らのように、後腐れなく、もっと感情を開放したいものだ。

たまには理由なく会社を休む、いいじゃないか

毎日会社と家の往復。
子供の成長は嬉しいし、週末は家族で団欒もありがたい。

だけど正直、頭の中が生活パターンで固まって来てる気がして、少し苦しくなる。弱音も吐かず、正しげなことをやり続けることが、時々目が回って気持ち悪くなってくる。

岡本太郎は自分の中に毒を持てと言った。なるほどと思っている。だがなかなか毒など持てない。どんな毒があるのか想像すらできない。でも言いたいことはなんとなく分かる。

今日は会社を休んだ。色々約束はあったけど、全部キャンセルして無理やり休んだ。体は比較的元気だ。やりたいことがあるわけではない。このところ鬱々としていて、気持ちが行き詰まってるような気がしたから、思い切って休むことにした。

まあ、なんと後ろめたいこと。でもいいじゃない

たまにはこういう日があっても。周りからすれば、大して迷惑でもないんだよ。逆の立場からすれば、休む?そうかい、ってなもんだ。


別にやりたいことがあるわけじゃない。
むしろ今のメンタルでは今日一日を持て余すだろう。
だが今日はぼーっと無駄に過ごすと決めたからそれでいい。無用の用と言うやつだ。

なぜ人はエロい行為の果にしか生まれないのか?

エロい行為は公衆の面前ではタブーとされる。

しかしエロい行為がなければ人類の繁栄はなかった。
というか、僕もあなたも、エロい行為の結果なのであって
言ってみればこの世はエロい行為が全てのスタートとなっている。

なのになぜエロい気持ちは
まるで汚らしいもののように扱われるのか?
エロくない人の方が、人間が出来ていると、一般的に評されるのは全くお門違いではないのか?


かと言って、性に対する欲望を丸出しにして、実際に身勝手なコトに及ぶと、身勝手なことをされた側はたまったもんじゃない。ていうか一生を左右する問題になる。

だからなのだろうか?この、種族繁栄に一番必要なものでありながら、ことさら下卑たものとして扱われるエロい気持ち。

うちのチビもこの4月で小学生。ころから色んなことを教えなければならないなかで、このエロというのが一番難しい。

エロの扱いについては、たぶん皆中学生頃からずっと整理などついていないだろう。僕も45歳にもなって、結局よくわからないのだ。小学生なんていわんがおやだ。

ただ程よい距離みたいのは教えてあげられるかな。あとは自分で一生もんもんと考えろと、言うしかないか(わざわざ言わないが)

なぜ人はエロい行為の果にしか生まれないのか?

エロい行為は公衆の面前ではタブーとされる。

しかしエロい行為がなければ人類の繁栄はなかった。
というか、僕もあなたも、エロい行為の結果なのであって
言ってみればこの世はエロい行為が全てのスタートとなっている。

なのになぜエロい気持ちは
まるで汚らしいもののように扱われるのか?
エロくない人の方が、人間が出来ていると、一般的に評されるのは全くお門違いではないのか?


かと言って、性に対する欲望を丸出しにして、実際に身勝手なコトに及ぶと、身勝手なことをされた側はたまったもんじゃない。ていうか一生を左右する問題になる。

だからなのだろうか?この、種族繁栄に一番必要なものでありながら、ことさら下卑たものとして扱われるエロい気持ち。

うちのチビもこの4月で小学生。ころから色んなことを教えなければならないなかで、このエロというのが一番難しい。

エロの扱いについては、たぶん皆中学生頃からずっと整理などついていないだろう。僕も45歳にもなって、結局よくわからないのだ。小学生なんていわんがおやだ。

ただ程よい距離みたいのは教えてあげられるかな。あとは自分で一生もんもんと考えろと、言うしかないか(わざわざ言わないが)

長く鬱々とした気持ちが晴れないよ、、

昨年12月くらいから
暗い気持ちが取れない。
子供2人も元気よく成長し
今が幸せなんだろうと頭で考えながらも
投げやりな気持ちが抜けない。
全てどうでもいい。
人の優しさや、人間としての向上心、
色んな価値観が目の前に現れるけど、
すぐにドロッと溶けてしまう感じ。
何も歯止めにならない
なんだかみんなもげていくようで怖い
うつ病なんて繊細な病気になるタマではないけど
ちょっとゾッとする。
別に一日の中で笑う時が皆無になったとかじゃない。
朝ダルくて起き上がれないとかじゃない。
でもなんなんだろう

神楽坂を散策 街並みを楽しんだ

飯田橋の駅から神楽坂へ入る。
右手に不二家のペコちゃん、左手に靴屋さんなどが立ち並ぶ、神楽坂の入り口だ。

今日は、神楽坂の手前、外堀通り沿いのスタバが一杯だったので、お茶を飲めるところを探して神楽坂を登ってみた。

だが意外にも、なかなか喫茶店がない。そこで坂を登りきる手前で、ふと横道に入ってみた。

するといくつか高級料理店があったあと、すぐ普通の住宅街になった。本当に普通の住宅街。東京のど真ん中ってこうなってたのか、とひとり驚きながら、散策。

だけどよく見るとチラホラ大きな家もあり、また、古めかしいけど当時はモダンだったんだろうなあというデザインの家ありで、落ち着きと統一感がありながらも、バラエティに富んでいた。

ある家は本当に「お屋敷」と呼ぶに相応しい洋館で、高い壁の向こうにニョキニョキと生える大きな枯れ木が、なんだか怖かった。〇〇〇屋敷を思わせる雰囲気だったが、これもまたいかにもそれっぽくて面白かった。

徐々に左に曲がり込み、やがて外堀通り中央線が見えてきた。最後は外堀通りに向かう、急な下り坂だ。僕の横を自転車がサーッと通り過ぎる。この辺りに住んでいる人だろうか、下りはいいとして上りはどうするのだろう?などと考えながら下界へ到着。

堀の向こうには法政大学。随分、市ヶ谷寄りに来てしまった。

カナルカフェを見ながら、外堀通り飯田橋へ戻った。

他人のせいにしちゃいけない、、分かっちゃいるけど難しい

気持ちの切り替えとは難しいものだ。
調子の良いときは、その大事さもわかっており、
自分は切り替えできると思いがち。

そして今、僕は先週土曜日からの家庭不和で
ずっと機嫌が悪い。カミさんに対して。

それで家の中はやや暗い。

6歳も心配してくれるほどだ。

この連休も台無しになってしまった。
サラリと流してしまえばよかったものを
ガチで不機嫌になってしまったために
未だ尾を引く始末だ。
本当にアホみたい。
自分次第でいくらでも楽しくできるのに
わざわざ自分でつまらなくしている。
そして誰がが同情してくれる訳でもない。
何のためのこの意地っ張りなのか。
でも割と大人はそんな感じで、気分を急に変えると言うのは下手なものだ。

それに比べて
子供はものすごい気分の変化を見せる。
ものすごい喧嘩中に、何かのきっかけで大声でゲラゲラわらいだすと、
仲直りねとかなんとかも不要で
再び仲良く遊び始める。

この力は、本当に羨ましい。自我形成が未発達だろうが、単にアホなんだろうが、なんでも構わない。この力を備えていれば、人生相当に楽しく、幸せになるはずだ。

帰ったら6歳と2歳をよーく観察しよう。そして真似よう。